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更新日:2025年5月13日

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【富士市茶手揉保存会】令和6年度手揉技術講習会及び令和6年度天下富士審査会

令和6年度手揉技術講習会の様子1

令和6年度手揉技術講習会の様子2(JPG:949KB)

令和6年度手揉技術講習会の様子3(JPG:917KB)

令和6年度手揉技術講習会の様子4(JPG:848KB)

令和6年度天下富士審査会の様子1(JPG:849KB)

令和6年度天下富士審査会の様子2(JPG:914KB)

7月17・24日に大淵にあるJAふじ伊豆茶業研修センターで富士市茶手揉保存会による「令和6年度手揉技術講習会」が開催されました。

市内の米寿(88歳)を迎える方々を祝福するため手揉み茶の製造を毎年この時期に実施しています。また、会員の手揉技術を向上させるため講習会として実施しています。

17日は14名、24日は13名の会員が講習会に参加し、互いにアドバイスし、確認し合いながら、技術の向上をめざして取り組みました。

また、7月24日の講習会後には、「令和6年度天下富士審査会」が開催されました。

この審査会では、富士市手揉保存会の会員が天下一製法で作った手揉み茶を、「天下富士」としてふさわしい茶葉を選抜するために行っています。
審査員は形状・色沢・香気・水色・滋味の5項目で点数をつけて評価をし、「天下富士」に認定するかを審査します。

天下富士とは

「形状は針のごとく、繊細で優美であり、風味も群を抜き秀逸」
明治時代初期、そんなお茶が、富士市の野村一郎を中心として作られました。
明治9年(1876年)に横浜から出荷したところ、英国人茶商と中国人茶商から「天下一品茶製所」の称号が贈られ、天下一の名は海外にまで知れ渡り、一世を風靡。
しかし、その三年後、天下一の製法の記述を残さないまま、野村一郎は他界し、富士市の天下一品茶は幻の名品となってしまいました。
時代は移り、日本茶は機械製法へと移行しましたが、伝え聞く、天下一品茶の繊細で優雅な風味を確かめようと、富士市茶手揉保存会が古い文献をもとに百三十年前の天下一製法の再現に挑戦し、なんと8年もの歳月をかけて現代に蘇らせました。
その製法で作った手揉み茶に「天下富士」という新たな名を掲げました。

審査の結果

令和6年度は、下記の会員2名の茶葉が天下富士として認定されました。

  • 勝又 匠(富士市大淵:まるは園)
  • 木村 和彦(富士市島田:木村園)