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更新日:2025年5月15日
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目次
岩松地区の紹介
岩松地区の名所の紹介です。
雁堤
雁堤は、延宝2年(1674年)に完成したといわれる、富士川東岸の全長2.7キロメートルに及ぶ堤です。雁が連なって飛ぶ姿に似ていることから雁堤という名称で呼ばれています。
古来から人々は日本三大急流の一つである富士川の治水に取り組んできましたが、特に古郡重高・重政・重年は親子三代に渡り治水に尽力し、雁堤の築堤工事、そしてその後の新田開発に大きく貢献しました。
難工事の末に完成した雁堤によって、富士川の氾濫から加島平野が守られ、その後加島五千石といわれる豊かな水田地帯になりました。
現在では公園が整備され、地区住民の憩いの場として利用されています。写真は岩本山公園ちびっこ展望台からの景色です。
護所神社
雁堤の築堤にあたっては、人柱を立ててその難工事の完成を祈願したという伝説、いわゆる「人柱伝説」があり、護所神社は人柱として犠牲となった人物を祀っています。雁堤の完工日である7月16日の近辺(例年7月第2土曜日)には例大祭を行い、人柱となった人物に感謝の念を伝えています。
創建年代は不明ですが、雁堤が完成した延宝2年(1674年)以降といわれています。
人柱にまつわる伝説には諸説ありますが、いずれも雁堤の築堤工事が困難を極めたことを物語っています。
水神社
水神社は、富士川東岸にある神社で、創建は正保3年(1646年)といわれています。水害や水難を防ぐ、岳南鎮護の神社として崇敬を集めています。
元々は富士川西岸と地続きであり、岩淵村(現在の富士市富士川地区)で祀っていたようです。
5月5日に富士宮市の富士山本宮浅間大社で行われる流鏑馬祭は、5月4日に水神社で行われる川原祓から始まるといわれており、重要な神事となっています。
参考文献
- 岩松の歴史を語る会『岩松の年中行事』(2009年)
- 加藤昭夫『水神の投げ松明 附富士川諸々噺』(2018年)
- 金指信夫・加藤昭夫『人柱を祀る護所神社由来』(2013年)