岩本・実相寺の建立
市内西のはずれに、実相寺があるのを知っていますか。岩本山公園に行く途中のお寺です。
今から830年くらい前(平安時代)鳥羽法皇の命令をうけて都の東にお寺を建てようと、全国をまわっていた智印上人(ちいんしょうにん)というお坊さんが,この地方に立ち寄りました。
智印上人は、岩本山があり、富士川も流れ、また都へ上る道も近いこの場所が大変気に入り、ここなら仏教を広めるのに都合のいい土地だと思いました。村人のすすめもあって智印上人はここにお寺を建てる決心をしました。
それを聞いた村人はもちろん、遠くからも多ぜいの人が手助けに集まりました。機械はなにもないときですから、木を切ったり、岩をくだいたり大変な仕事でしたが、2年ほどでお寺が建ちました。
智印上人は実相寺と名前をつけて都の鳥羽法皇に報告しました。実相寺は、鳥羽法皇や源頼朝の厚い信仰をうけて「西に比叡山、兼に実相寺」といわれるほど、大きな立派なお寺になっていきました。
その頃は、実相寺の建物と49院500の僧坊が建ちならんでいつも数百人の学僧が修行にはげんでいました。そして実相寺を中心に仏教が人々の間に広まっていきました。立正安国論を書いた日蓮が実相寺に来たのは、智印上人から100年くらいあとのことです。
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( 写真説明 ) 岩本の実相寺