| 終戦後、ようやく世の中も落ちつきをとりもどして来た、昭和二十五年の春ごろだったと思います。 「本校の校章は、どんなものだったのかな。」 と行事があるごと校内でもささやかれはじめ、それと共に職員間でも、これだと言える人もない時でした。 当時の学校長、渡瀬校長先生はじめ、みんなで吉小の校章をさがしてみましたが、帽子につける校章や、胸につける校章バッチは全然姿を消してなく、ただ校旗にその形を求められるだけでした。古い校章は、消防団の記章によく似ていたと記憶しています。 当時の子どもたちも、校章に接することがなく、したがって親しみが薄く、伝統ある吉小の校章でありましたが……。新しい時代にマッチして、子どもたちに親しみや誇りをもたせるものを考えてみたらという声がもちあがって、新しい校章を制定することになったわけであります。 職員で原案を出し合ってみたらということで、募集したところ五〜六点の中から、協議の末、わたくしの出したものが、校章にふさわしいということになり、PTA役員会、職員会議などにかけて制定されました。 新しく生まれかわった平和日本を、将来背おって立つ子どもたちの、教育の場だと考え、日本の花、平和の花である桜の花びらをバックに、世界の名山、朝に夕にあおぐ富士山を前面に三つにくませ清らかな偉大な心をもつ子どもたちの育成をと念願し、一番前面に吉小の吉を配置しました。子どもたちが、いつも親しみ誇りにすることの出来る校章は、こんな意義から生まれました。 |
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校章制定と校章の意義
稲岡千尋
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