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甲子(きのえね)神社祭典

とき

8月第1土・日曜日

ところ

富士本町・平垣・富士町周辺(富士駅北地区) ←クリックすると地図を表示する、別のウインドウが開きます

内容

 大正15年、まちの発展を願った住民が出雲大社に参拝。大国主命の分霊をいただき、甲子神社を建立したのが始まりです。祭りは子供みこし、屋台の引き回しや踊り、甲子ばやしなど、とてもにぎやかです。特に各町の屋台が合流して競い会う様子や、甲子ばやしの多彩な打ち分けなどは、見ごたえ十分です。

沿革・現状

 明治三十年頃の加嶋村は、富士駅や商店街もなく、田や畑ばかりの農村でした。生活の楽しみも少ない中で、十月のお日待には、骨休みを兼ねて、十六,十七の両日、太鼓などを打ち鳴らし遊びました。太鼓の曲は、小田原・吉原・今泉・加嶋と伝わった小田原ばやしでありました。その後、若者衆が主体となり、大正八年に組立式の屋台を造り、村内を練り歩き、屋台は三十五銀行(現、静岡銀行)に保管しておきました。また、今までの曲に、富士宮の曲も加え、若者衆は顔に化粧をし、女性の長襦袢などを着て、屋台を引き回し楽しみました。
 大正十二年、部落に氏神様を祀ろうという話が高まり、富士製紙第八工場前の、山の神、金毘羅様を祀ってある神社を、持主の西尾家に譲ってほしい旨依頼しましたが、先祖伝来の守護神であり、所詮無理であったため、町の発展もと願って、大黒様を祀ることに決まりました。大正十五年、清氏、深沢氏、戸栗氏、加藤氏、望月氏の五名を代表として、出雲大社に参拝し、大国主命の分霊を頂き、富士駅前より灯りを消し、厳粛に村人に迎えられ、現在の市民センターの東に、甲子神社を建立し鎮座いたしました。本格的な屋台も造り、本町、仲町共同で引き回すこととし、祭典日も皆で相談し、八月四日、五日の二日間に決まり、維持は、寄付された二反歩の年貢と、町内の援助、青年衆の夜警・町内清掃など奉仕作業を主体に行われてきました。
 昭和五年頃からは、浜おりの行事を慣行にし、昭和十年には揃いの法被もできて祭りを盛り上げましたが、戦争のため、十七年よりしばらく中断しました。戦後になり、地元彫刻家板倉聖峰師の彫り物も飾り付けられ豪華にした屋台を新調するなど盛大に再発足しました。

行事次第

 祭り当日は,早朝浜おりをし、身を清め、十時より神事を行い、直会をしたのち、午後からは、富士駅前より、国道一号線まで、地元高校による音楽パレードや子供御輿、夕方よりは、屋台の引き回しや踊り、おはやしがあり、特にばかばやし、にくずし、かごまる、五段返し等の多彩な打ち分けは見ものです。
 富士町区・富士本町区・平垣三区・銀座区・国久区の屋台が合流しせり合う様は、祭りのフィナーレを一層盛り上げてくれます。又歩道には露店が軒を連ね、特設舞台での、のど自慢のほか、催し物としてどじょうすくいや西瓜割りなども行われます。
 二日間の人出は、十万人を超えるのではないかと思われます。

<参考資料>「甲子ばやし保存会資料」(佐野峰雄 記)
「富士市のまつり」S63富士市教育委員会 より
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