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富士ペディア

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縄文時代

 富士市内には、縄文時代の遺跡が、現在知られているもので90以上あります。

縄文時代の富士市

 1万2千年ほど前、土器がつくられたことによって縄文時代が始まりました。気候が暖かくなるにつれて、木の実やイモ類、動物など食べ物の種類も増えました。土器の発明により食糧を貯蔵することや、煮炊きすることもできるようになりました。また、石器の種類も増えるなど、旧石器時代と比べると大きな進歩が見られました。

天間沢遺跡の石器

 天間沢遺跡は、縄文時代の中ごろ(4500年ほど前)の富士市を代表する遺跡です。現在の天間幼稚園付近が遺跡の中心になるようです。この遺跡からは、打製石斧(石を打ち砕いてつくった斧)がたくさん発見されましたが、石鏃(石の矢じり)はそれほど多くありませんでした。しかし、天間沢遺跡の近くの若宮遺跡(富士宮市)からは石鏃が2000個近く発見されました。

木島遺跡の人々

 木島遺跡は、富士川の木島地区にあり、昭和6年に地元の小学校の先生によって発見され、縄文時代の中でも古い時代の遺跡だということがわかりました。出土した土器の厚さが2~3mmと非常に薄いのが特徴で「おせんべい土器」とも言われ全国の研究者に注目されました。
 最近の調査で、この土器が静岡県だけでなく、愛知県や長野県にまで広がっていることがわかりました。
 木島遺跡からは、石斧、石皿、磨石、石錘(石のおもり)など、たくさんの石器が発見されました。このことから、木の実などを採ったり富士川などで魚を獲ったりして生活していたと思われます。

浅間林遺跡の土器の不思議

 富士川の西岸に沿って北に向かうと北松野です。その道筋に平らなところがありますが、そこから縄文土器がたくさん発見されました。ここが浅間林遺跡(3500~3000年前)です。
 ここの土器を観察すると東北地方の土器と同じ模様が見られます。どうして遠くの土器と同じような模様があるのか、明らかになっていません。

市内の縄文時代の遺跡

 富士市内には、縄文時代の遺跡が、現在知られているもので90以上あります。
 遺跡は愛鷹山や富士山からのびる丘陵上に多くあり、岩本山や富士川西岸の山麓にも分布しています。代表的な遺跡として、天間の天間沢遺跡、原田の宇東川遺跡、中島遺跡、境の上の段遺跡、岩本の念信園遺跡、北松野の浅間林遺跡、木島の木島遺跡、岩淵の山王遺跡があります。
 これらの遺跡の中でも、木島遺跡・山王遺跡や天間沢遺跡は、全国でも有名な遺跡です。

お問い合わせ

文化振興課(市庁舎4階北側)


電話: 0545-55-2874
メールアドレス:si-bunka@div.city.fuji.shizuoka.jp

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